キーンコーンカーンコーン…… とうとうベルナルド王子に会う前に午後の授業開始の予鈴が鳴ってしまった。マテオとアーク、あの2人のせいで王子に会えるチャンスを失ってしまった。「……」私はチラリと後ろの席に座るノリーンを見た。きっとノリーンはベルナルド王子とテレシアに邪魔者扱いされながらも一緒に昼食をとったのだろう。何だかノリーンが浮かれているように見えた。ふぅ……。私は心の中でため息をついた――**** 16時――本日の授業も全て終了した。ノリーンと関わりたくは無かったので大急ぎで片付けを始めていると、こちらに近付いて来る気配を感じた。ちょっ、ちょっと! お願いだからこっちに来ないでよ!私はもうベルナルド王子とは無関係なのだから! 多分……。そう思った時。「ユリア様」「ユリア!」ノリーンと同時に教室の入り口で誰かに大声で呼ばれた。「「え?」」私とノリーンは声の方向を振り返り……目を見張った。何と私の名を呼んだのはよりにもよってベルナルド王子だったのである。そして何故かその隣にはテレシアまでもが一緒にいる。何故? どうしてベルナルド王子がこの教室へ?しかもよりにもよってノリーンの前で私を呼びに現れるなんて……!テレシアとベルナルド王子は恋仲で、婚約者である私と三角関係だと噂になっている為、クラスメイト達は興味深気に私たちの様子をうかがっている。「ユリア、一緒に帰ろう。お前を迎えに来た」そしてここでベルナルド王子が口を開く。なんとベルナルド王子は私のクラスメイト達の視線を意に介せずに堂々と誘って来た。そしてテレシアは明らかに不満そうな顔を私に向けている……。いや、テレシアだけでは無い。やはりノリーンが無表情で私を見ている。いやいや、それはちょっとおかしいでしょう!? 誘ってきているのは王子なのに、何故私が2人から一方的に恨まれなければならないのだろう?ここはやはり断るに限る。「あ、あの……折角のお誘いですが、遠慮させていただきます」その途端に教室がざわめく。まぁ無理も無いだろう。記憶を失う前の私は今まではどんなに邪険にされようとも王子の側から離れなかったのだから。その私が王子の誘いを断ったのが信じられないのだろう。「何故だ?」全く空気の読めないベルナルド王子が眉間にしわを寄せながら質問してきた。この王子はテレ
話も終わり、2人でカフェを出るとマテオが尋ねてきた。「ユリア、これからどうするんだ?」「そうね、とりあえずベルナルド王子の所へ行くわ。まだ昼休み終了まで時間はあるし。いつも昼休みが終わるまであなた達は何処にいるの?」「俺たちは大抵生徒会室で時間を潰しているけどな」「そう。それじゃ行ってみるわ」生徒会室に行く為に歩き始めると、当然の如くマテオが後からついてくる。「なぁ。王子のところへ行ってどうするんだ?」マテオが質問してきた。「私達、婚約解消していますよね? って尋ねに行くのよ。10日以上前に婚約破棄して下さいってお願いしているから」「え? そうだったのか? 知らなかったな〜」マテオの言葉に私は嫌な予感がした。ひょっとすると私とベルナルド王子は婚約解消がまだされていないのだろうか?「……だとしたら大変だわ。急いで王子の所へ行かなくちゃ」「ユリア。婚約解消していることが分かった後はどうするんだ?」「そうしたらノリーンの前でさり気なく言うわ。『私、ベルナルド王子と婚約解消したのよね〜』って感じでね」「そうか、それでノリーンのターゲットを自分からテレシアに向けさせるんだな? 流石は悪女のユリアだ」マテオは何故か嬉しそうに言う。「……ねぇ。ひょっとして他人事だと思って楽しんでいるでしょう?」隣を歩くマテオを恨めしそうな目で見た。「いや、まさか。そんなはずないだろう?」「だってさっきから笑って話をしているじゃない」絶対にマテオは私が困っているのをみて喜んでいるに違いない。「だから、違うって。むしろ俺はホッとしてるんだよ。王子と婚約解消し、ノリーンの恨みも回避出来るなら、こんな嬉しいことは俺にとってまたとないことだからな」そんなことを話している内に私とマテオは生徒会室の側までやってきていた。「ねぇ。何故マテオにとってまたとないことなの?」どうにもマテオは先程から訳の分からないことを言ってくる。何
「俺達はなかなか生徒会室に戻って来ない王子を首を長くして待っていたんだ。そしてもういい加減帰ろうかと思った時に……」「ちょっと待って、生徒会の仕事をやらないで貴方達は帰ろうとしていたの?」するとマテオが口を尖らせた。「おい、ユリア。話が違うぞ? 話の腰を折るなって言っただろう?」「あ、ごめんなさい。つい気になってしまったから。分かったわ、口を挟まないようにするから」言いながら私は唇を親指と人差し指でムニッとつまんだ。「プッ。何だよ……それ」マテオは少しだけ笑うと再び話し始めた。「帰り自宅を始めていた時に王子があの女……ノリーンを連れて生徒会室へやって来たんだよ」「え? そうなの?」「ああ、どうやら同級生に虐められて落とし穴に落されてしまったそうだ。ノリーンは爵位も低いし、見た目もまぁ地味だからな。格好のターゲットだったんだろう? ユリアは知っていたか? ノリーンが虐められていたこと」「知っていたと言うか、覚えているかって尋ねて欲しいわ。尤も生憎何も覚えていないけどね」「そうか……それでたまたまそこを王子が通りかかって落とし穴に落ちていたノリーンを助け出したんだ。酷く動揺していたらしいから、とりあえず生徒会室へ連れてきたらしい」「そう、でも何故王子は生徒会室へ連れてきたのかしら?」「それは俺たちを待たせて悪いと思って戻ってきたんじゃないのかな? 何故生徒会室へ連れてきたのかは不明だが、王子は俺たちにお茶を煎れるように命じてきたんだ」「はぁ……なる程……」やはりマテオには根っからの腰巾着精神が染み付いていしまっているのだろう。恐らく王子はマテオ達にお茶菓子を用意させてノリーンを押し付けようとしていたのかもしれない。でもそこは口にしないけど。「まぁ、それで俺たちは王子に命じられるまま2人にお茶とお茶菓子を用意してやったのだが、その頃にはノリーンはすっかり王子に入れ込んでいたように見えたな。きっとノリーンにとって自分の王子様に思えたんじゃないのか?」「いやいや、実際ベルナルド王子は王子様でしょう?」「それでいきなりノリーンは俺たちがいるにも関わらず王子に言ったんだよ。『ベルナルド王子様、好きです! お付き合いして下さい』って」「ゴホッ!」思わず、いきなりの言葉にカフェオレを吹き出しそうになってしまった。「おいおい、大丈夫か?」
「何だ、その辺の記憶は戻っていないのか……と言うか、ひょっとして知らないのか?」フォークで器用にクルクルとパスタを巻き付けながらマテオが尋ねる。「さ、さぁ……どうなのかしら。記憶が戻っていないからなのか、それとも私が知らないところでノリーンが……って、ちょっと待って。そもそも何故私にノリーンのことで警告しようと思ったの?」尋ね終わるとサンドイッチをパクリと口にした。「そうか……まずはそこからユリアに説明しないとならないのか……。面倒だな」マテオは最後の台詞だけ小声でボソリと言った。「ちょっと……今、面倒だなって言ったわね? 聞こえていたわよ?」「あ……聞こえてたか。仕方ねぇな~……」マテオはパスタをゴクンと飲み込む。「ちょっと、貴方本当に貴族なの? いくらなんでもガラが悪過ぎよ?」「仕方ないだろ。子供の頃から王子の側仕えなんてさせられていればガラだって悪くなるさ」「成程。マテオの性格が歪んだのはベルナルド王子のせいなのね? 了解したわ。早くノリーンの話を教えてよ。あ、すいませんカフェラテ一つ下さい」たまたま食器を下げに来た男性店員に注文をお願いした。「おい、誰が歪んでいるって? あ、すみません。なら俺にはコーヒーを頼みます」マテオは肘をつきながら注文した。「かしこまりました」男性店員が去ると、再び私はマテオに尋ねた。「ねぇ、ノリーンのことで何か知っているなら教えてよ」「ああ、いいぜ。初めて王子とノリーンが接触したのは1年近く前の出来事だったんじゃないかな……」「え? そんな前からノリーンと王子は良い仲だったのね?」思わず身を乗り出す。「おい、落ち着けって。別に良い仲ってわけじゃない。初めて会話を交わした日って意味で言ったんだよ。だいたい、ノリーンは今までユリアの見ている前で王子にベタベタしていたことがあったか?」「だから、その辺りの記憶はまだ戻っていないんだってば」するとそこへ……。「お待たせいたしました」2人分の飲み物を持って店員が現れ、それぞれのテーブルの前に飲み物を置いていく。「ごゆっくりどうぞ」店員が頭を下げて去っていくと、早速私はカフェラテに手を伸ばし、一口飲んだ。「う〜ん……美味しい」「そうか、良かったな」マテオもコーヒーを一口飲み、顔をしかめた。「なんだ……苦すぎだな……」「フッ。お子様
ベルナルド王子の制止を振り切って、私はその場を急ぎ足で去っていく。すると駆け寄ってくる足音が聞こえ、私を呼び止めてくる。「おい! 待てってば!」もう〜王子、しつこい! 無視して歩いていると……。「待てって言ってるだろう!?」あまりにもその声が大きいので、我慢出来ずに振り返った。「ですから、私は遠慮しますと……! って……え……?」何と振り向くとそこに立っていたのはマテオだった。「え……? マテオ?」「だから……待てって言っただろう?」マテオは私を見ると肩をすくめた。「ふ〜ん」再び歩き始めるとマテオが後からついてくる。「おい、何処行くんだよ」「そうね……別のカフェテリアに行こうかと思ってるわ」「え? 場所を覚えているのか? 記憶喪失じゃ無かったのか?」マテオが驚いたように言う。「ええ、まだ記憶喪失中だけど……徐々に記憶が戻ってきているの」「ふ〜ん……そう言えば前回理事長室へ連れて行った時と雰囲気が違うよな。以前は俺に敬語使って話していたし」「ええ、そうね。でもよくよく考えてみれば私と貴方は同級生だし、爵位だって私の方が上だったし。別にいいかなって思ったの」「ふ〜ん…」言いながらマテオは未だに私についてくる。「ねぇ、マテオ。どうして私についてくるの? 貴方は王子の腰巾着じゃなかったの?」「誰が腰巾着だ、誰が」「それともベルナルド王子に私を連れ戻すように言われているの?」「おい、今俺の質問無視しただろう? それに別にベルナルド王子に言われて来たわけじゃない。ただあの女が気に入らなかったから、逃げてきただけだ。おまけにいくら親の命令だからと言って年がら年中王子に付き合っていられるか」「ふ〜ん……そうなんだ」私とマテオはいつの間にかカフェテリアの前に到着していた。「……」黙って入り口の前で立っているとマテオが声をかけてきた。「何だ? 入らないのか?」 「入るつもりだったけど……マテオ、貴方はどうするの?」「なっ……!」すると何故か顔を真っ赤にするマテオ。「な、何だよ!? 俺も一緒に入ったら駄目だって言うのかよ!?」「別に、そういうわけではないけれど……でも確か私のおぼろげながらの記憶によると貴方に嫌われていた気がするのよね……嫌いな私とどうして一緒にカフェテリアに入るのだろうって思って聞いただけよ」「
「ベルナルド王子と……?」いきなりの質問で驚いた。まさかノリーンの口からベルナルド王子の名前が出てくるとは……。確かノリーンの家柄はしがない男爵家だった……様な気がする。それに過去の記憶が完全に戻ったわけではないので確かなことは言えないけれど、ノリーンとベルナルド王子は何ら接点も無かったはず。なのに、何故そんな事を聞いてくるのだろか?色々頭の中で考えていると、私が中々質問に応えないことに焦れてきたのか、ノリーンは再度同じ質問をしてきた。「それでどうなんですか? ベルナルド王子とはうまくいってるのですか?」妙に真剣な瞳で尋ねるノリーン。……一体何故追及してくるのだろう?「う~ん……それじゃ私から聞くけど、ノリーンから見て私とベルナルド王子の関係はどう見えるの?」「そうですね。今までのユリア様はベルナルド王子に夢中だったので、王子に近付く全ての女子学生を牽制していました。けどここ最近ユリア様はベルナルド王子に近付いていませんよね? だから以前に比べると王子との距離は離れた気がするのですが……ひょっとしてテレシアさんのせいですか? ユリア様が王子に近付くのをやめられたのは」「え……? テレシアさんの?」確かに私から見てもベルナルド王子とテレシアはべったりしているように見えるし、断片的な過去の記憶からも王子はテレシアを贔屓していた気がする。だけど……。「ごめんなさい。私、記憶喪失だからテレシアさんのせいでベルナルド王子から離れたのかどうか自分でも理由が分からないのよ。それにどう見ても、私よりもテレシアさんの方がベルナルド王子と仲が良いと思わない?」「確かにそうですよね………のくせに」ノリーンが小声でボソリと言った。「え?」今……何と言った? しかも随分ガラの悪そうな台詞に聞こえたけど?「ねぇ、ノリーン。今何て言ったの?」「え? いいえ? 別に何も言っていませんけど?」「そう?」本当にそうだろうか……。だけど、ノリーンには気をつけたほうが良いかもしれない。用心しながら話を続ける。「それにね、どっちみち私はもうベルナルド王子には何の興味も無いの。出来れば婚約解消してもらいたいのよ」「え? そうなのですか?」ノリーンが嬉しそうな声を上げた時――「ユリア」背後で私を呼ぶ声が聞こえた。「はい?」振り向くと、何と驚くべきことにベルナル